Yuming Biography | ユーミンの生い立ちから現在までの歴史

《1970年〜1979年》

1970 Age16

◆美大受験に向けて本格的な受験勉強を開始

☆御茶の水美術学院と並行して、芸大・大学院生の橋本さん(日本画)に師事。
厳しい指導の中からテクニックだけではなく、創作に対する強靭さにも影響を受けた。

1971 Age17

5月

◆自作が初めてレコード化/加橋かつみ「愛は突然に・・・」

☆加橋は、GS人気グループ「タイガース」の元メンバー。このシングル発売直前、加橋が大麻取締法違反で逮捕。そのため雑誌『セブンティーン』がユーミンと加橋の関係を「彼を救った少女の愛」というような記事として掲載。おかげで、この時ばかりは学校関係者から大目玉をくらうことになる。

◆小坂忠デビューアルバム「ありがとう」レコーディングにピアニストとして2曲参加

 

1972 Age18

3月

◆立教女学院高校卒業。

 

4月

◆多摩美術大学美術学部絵画学科入学。日本画を専攻する。

 

7月5日

◆幻のデビューシングル「返事はいらない/空と海の輝きに向けて」発売

☆参加ミュージシャンは、かまやつひろし、ガロ、高橋幸宏ら豪華メンバー。しかし売上は300枚くらい、あるいは2000枚くらいだったという噂が。

1973 Age19

春〜秋

◆1st.アルバム「ひこうき雲」レコーディング/運命的な出会いはここから

☆プロデュースはこの年に結成されたばかりのスーパーセッションバンド「キャラメル・ママ」。細野晴臣・鈴木茂・林立夫・松任谷正隆というメンバーと共にレコーディング開始。初めてのアルバム、そして歌入れとあって、制作時間は大オーヴァー。しかしそれがかえって、松任谷正隆と荒井由実の距離を近づけたようだ。

11月5日

◆「きっと言える/ひこうき雲」で本格的デビューを果たす

 

11月20日

◆1st.アルバム「ひこうき雲」発売

 

12月26日

◆デビューコンサート「村井邦彦スーパーセッションIntroducing Yumi Arai」

 

1974 Age20

4月13・21日

◆初のソロコンサート「First Impression」

☆音楽監督は松任谷正隆/バックは「パパ・レモン」がつとめる。この後、本格的コンサート活動開始。中でも、学祭コンサートは音楽監督も同行。そんな2人の関係に、ファンの間では早くから噂が立っていたらしい。

◆アイドル並みのキャンペーン活動
☆苦節1年目ではないが、この時期あちこちへプロモーション活動に出向いたそう。仙台のスーパー「エンドーチェーン」では拡声器を持たされ、パンツ売り場前で歌うはめに。またTV「ギンザNOW」出演時には、番組終了間際に歌わせられたことも。

7月15日〜8月6日

◆2nd.アルバム「MISSLIM」レコーディング

☆レコーディングメンバーは、キャラメル・ママ改め「ティン・パン・アレー」。前作に引き続き、松任谷正隆がアレンジとKeyを担当。

1975 Age21

◆「三菱電機ダイヤトーンステレオ」CM出演

 

2月

◆「回転木馬」作詞・荒井由実/作曲・松任谷正隆

 

◆「卒業写真」作詞&作曲・荒井由実

☆この頃、松任谷正隆は「ハイ・ファイ・セット」のバックとして、自身で「松任谷バンド=ファンキー・ドゥードゥル」を結成し、ステージングにも参加。同時に、ユーミンもハイ・ファイ・セットに作品の提供を始める。(これが後に女性週刊誌にスクープされるネタになるとは!)

2月20日

◆シングル「ルージュの伝言」発売/祝!スマッシュ・ヒット!

 

3月

◆きゃー、恋愛発覚!女性週刊誌にスクープされる

☆「…妻が作曲し、夫が編曲し…」と、2人のホットな関係が紹介される。まだ結婚していないのに、すでに夫婦としての扱いとは、さすが(苦笑)。

3月1日〜4月25日

◆3rd.アルバム「COBALT HOUR」レコーディング

☆すっかりおなじみの「ティン・パン・アレー」とレコーディング。

7月

幻のレコード「スカイレストラン」レコーディング

8月

◆提供曲「『いちご白書』をもう一度」がヒットチャート1位を獲得!

☆バンバンに提供したこの曲のヒットにより、作家としての注目が集まる。

8月17日

◆ユーミン、早朝の羽田空港ロビーで倒れる

☆怒涛のコンサートツアーの日程をこなすユーミンが、とうとうダウン!しかし、その日のコンサートは強行!凄いぜ!(これが「魔の延岡旭化成体育館」)

夏〜秋

◆アルバム「COBALT HOUR」、空前の大ヒット!

 

10月5日

◆シングル「あの日にかえりたい」発売/祝!ベストワンに輝く

☆TBSドラマ「家庭の秘密」のテーマ曲。同番組の音楽担当は松任谷正隆。このヒットにより、アルバム売上ベスト10に、3枚のアルバムが同時チャートインの快挙!

11月

◆ついに!松任谷正隆氏と婚約

 

1976 Age22

3月5日

◆シングル「翳りゆく部屋」発売/またまた大ヒット!

☆なんといっても、荘厳なパイプオルガンの音が印象的なこの曲。東京・目白の東京カテドラル教会のパイプオルガンを使用。

3月

◆多摩美術大学美術学部絵画学科卒業。

☆大学は欠席がちだったが、音楽活動も芸術の一環ということで大学側が特別配慮を。その条件は「卒業制作をがんばれば卒業を認める」。そこでユーミンはホテルにこもり、100号という驚きのサイズ「曇り」を描き上げる。

10月22日

◆チャリティーコンサート「さよなら独身時代」を開催

 

11月14日

◆5thアルバム「THE 14th MOON」発売

☆このアルバムの初回プレスは30、40万と言われており、当時は驚異的な数字だった。しかし本人は、これを最後に引退するつもりだったという噂あり。

11月29日

◆松任谷正隆・荒井由実、結婚。ついに「松任谷由実」へ!

☆加藤神父立会いのもと、横浜山手教会にて挙式。披露宴は横浜グランドホテルにて。司会はTBSアナウンサー・林美雄。新婦ユーミンは、あんみつ姫風の和装&ギブソンスタイルのウェディングドレスを披露。ステージはダウンタウン・ブギウギ・バンドをバックに、ブレッド・アンド・バター、山下達郎が熱唱!ラストはハイ・ファイ・セットが「なみだの操」で締めくくった。

ちなみに・・・結婚指輪はプラチナ台にダイヤ。新婚旅行は熱海だったが、かまやつひろしなど友人たちが押しかけてきたため、にぎやかなうちにハネムーン旅行は終了したらしい。

1977 Age23

5月22日

◆「ユーミン・カップ サーフィン大会」湘南

 

6月

◆Travelin’ yuming◆ギリシアへの旅

【route】アテネ〜クレタ島
☆ 週刊誌「女性自身」の取材で、クレタ島で写真撮影など行う。アテネでは、TV番組収録のため訪れていた作家・小松左京氏らと同じホテルに宿泊。クレタ島で一緒に天体観測をしたり貴重な時間を過ごした。

1978 Age24

8月26日

◆夏のリゾート・コンサートの発祥 「葉山マリーナサマーリゾート」コンサート スタート!

☆現在は「SURF&SNOW」として夏・冬おなじみのリゾートコンサート、その記念すべき第1回目(元々はシングル「入り江の午後3時」発売に合わせ企画されたコンサート)。海に囲まれたリゾート地でのコンサートなど当時は例がなく、マリーナのホテルの白い壁にサーフィン映画を映し出したり、ユーミンがゴムボートでプールをまわるという水の演出まで登場。かなり画期的!

1979 Age25

4月21日〜26日

◆Travelin’ yuming◆シンガポールヘの旅